小田原の自転車専門店

倉庫から出てきた4本のロードバイクボトル、その続き|道具に刻まれた20年の記憶

倉庫から見つかった4本のロードバイクボトル(Isostar・Team Europcar・Tacxなど)を並べた写真。異なる年代のボトルが横に並び、約20年のロードバイク文化の流れを感じさせる。

ただの古いボトルだと思っていました。
けれど、手に取って並べた瞬間、少しだけ違和感が残りました。

形も色もバラバラなのに、なぜか同じ時間の中にあるように見えたからです。

前回のブログ記事で触れた4本のボトル。

倉庫から出てきた4本のロードバイクボトル|コスナサイクルがスポーツバイクを始めた頃の記憶

あのときは「見つけた話」でしたが、今回はもう少しだけ踏み込みます。 これは物の話ではなく、時間の話です。

そして、人の記憶の話です。

4本のボトルが教えてくれた”時間”

1本目は、ヨーロッパのレース文化

Isostarロゴが入ったロードバイク用ボトルの正面写真。黄色のキャップと細身の形状が特徴的な1990年代後半〜2000年代初期のモデル。
Isostarのボトル 1990年代後半から2000年代初頭、ヨーロッパのレース現場で使われていた形に近いモデルです。
Isostarボトルのキャップを開いた状態の写真。ヒンジ式の飲み口構造が見える旧型スポーツボトルの特徴。
ヒンジ式キャップの構造。 今では少なくなった仕様に、当時の道具の考え方が残っています。

最初の一本は、Isostarのボトルです。
少し細くて、どこか古い形をしています。

キャップの構造も、今のものとは違います。

調べていくと、1990年代後半から2000年代初頭のヨーロッパで使われていた形式に近いものでした。
当時のロードレースでは、補給地点で「ミュゼット」と呼ばれる袋が渡されていました。
その中に、食べ物と一緒にこうしたボトルが入っていました。

つまりこれは、単なる容器ではなく、レースの途中で手渡される”時間の断片”です。
誰かが走りながら受け取ったかもしれないし、その空気を知っている人が持っていたのかもしれません。

そう考えると、少しだけ見え方が変わります。

2本目は、少し違う場所から来たボトル

アメリカ空軍第909空中給油飛行隊のエンブレムが描かれたボトル。Tacx製のイベント配布と考えられるロードバイク用ボトル。
自転車ブランドではなく、アメリカ空軍の部隊ロゴ。レースとは違う場所で使われていたボトルです。
909th Air Refueling Squadronのエンブレム拡大写真。「Always There」の文字と空中給油を象徴するデザインが描かれている。
“Always There”という言葉。必要な場所に必ずいるという意味を持つ、空中給油部隊のモットーです。

次は、Tacx製のボトルですが少し違う場所から来ました。
そこに書かれていたのは、自転車ブランドではありませんでした。

「909th Air Refueling Squadron」 アメリカ空軍の部隊名です。

沖縄・嘉手納基地に所属する空中給油部隊で、”Always There”という言葉も添えられています。
必要な場所に、必ずいるという意味です。

このボトルは、おそらく軍のイベントで配られたものです。
自転車レースではなく、基地の中で行われた何かの記憶です。

同じTacx製でも、プロチームとはまったく違う文脈で作られています。
それでも形は同じです。
世界のどこかで、同じボトルを使っていた人たちがいたということになります。

3本目は、プロロードの時代

Team Europcarのロゴが入ったTacx製ロードバイクボトル。緑色のキャップとスポンサー表記が特徴のプロチーム仕様。
Team Europcarのチームボトル。ツールドフランスの時代とともに使われていた実戦仕様の一本です。
Team Europcarのロゴがモノクロで印刷されたTacx製ボトル。白ベースでシンプルなデザインのプロチーム配布モデル。
当時のチームスポンサー企業名がその時代を静かに物語っています。

緑のボトルは、Team Europcar。
2011年から2015年まで活動していたプロチームです。

ツールドフランスにも出場していた時代で、ロードレースが広く知られ始めた頃でもあります。

このボトルは、TacxのShiva Bioというモデルです。
環境配慮素材が使われ始めた、ちょうどその時期のものです。

レースでは、ボトルは消耗品です。
飲み終えれば、捨てられることもあります。

だからこそ、残っていること自体が少し不思議です。
本来は流れていくはずのものが、ここに残っている。
その事実だけで、少しだけ重みが生まれます。

そして最後の1本

Tacx Blancoプロサイクリングチームのロードバイク用ボトルの正面写真。青と白の配色で、チームロゴが大きくデザインされている。
プロチームで使われていたTacxボトル。青と白の配色に、当時のロードレースの空気がそのまま残っています。
Tacx Shiva Bioボトルの底面刻印の写真。「Made in Holland」と表記されており、オランダ製であることが確認できるロードバイク用ボトルの裏面。
「Made in Holland」の刻印。Tacxが長くオランダでボトルを作り続けてきたことを示しています。

もう一本のTacxボトルです。
裏側には「Made in Holland」とあり、オランダ製であることがわかります。

Tacxは1957年創業のメーカーで、長くプロロードチームのボトルを手がけてきました。
柔らかいポリエチレン素材や、チーム配布を前提とした作りは、レース用ボトルと同じ形式です。

最近は「Made in Netherlands」表記が主流ですが、「Holland」表記はやや古い世代に見られます。
形状から見ても、このボトルは2005年から2015年頃のものに近い印象です。

ロードレースではボトルは消耗品として扱われます。
スタート前に配られ、レース中に手放されることも珍しくありません。

それでもこうして残っていることに、少しだけ意味を感じます。
説明できる情報は多くないのに、この一本がいちばん”普通”に見えるのは、そのためかもしれません。

このボトルをくれたお客様のこと

ロードバイクを教えてくれた人

これらのボトルは、あるお客様から譲っていただいたものです。
ロードバイクのことを、最初にいろいろ教えてくれた方でした。

技術というより、空気のようなものを教えてもらった記憶があります。
どんな乗り方が楽しいのか、どんな道具が馴染むのか。
言葉にしきれない部分を、少しずつ受け取っていった感覚です。

「好きな人にあげてください」と言われた意味

倉庫整理の中で見つかったこれらのボトル。
「好きな人にあげてください」と言われました。

でも、それをそのまま誰かに渡すことはできませんでした。
これは物ではなく、時間だからです。

誰か一人に渡してしまうと、その時間が途切れてしまう気がしました。
だから、店に残すことにしました。

道具は、時間を記憶している

新しいものにはない価値

新しいボトルは、きれいで機能的です。
でも、使い込まれたボトルには少し違うものがあります。

細かい傷や色あせ、握ったときの柔らかさ。
それらは全部、使われてきた時間の痕跡です。

コスナサイクルが大切にしていること

私たちの仕事は、修理や販売だけではありません。
こうした時間を扱うことも、ひとつの役割だと思っています。

誰かが使ってきたものを、ただの古い物として扱わないこと。
そこにある背景を、静かに残していくことです。

それが、この店の在り方に近い気がしています。

だから、このボトルは渡さない

店に残す理由

この4本のボトルは、店に置いておきます。 特別に飾るわけでもなく、ただそこにある状態で。

誰かが気づいて手に取り、少し話が始まるくらいがちょうどいいと思っています。

そしてまた、誰かが話してくれる

ボトルは語りません。
でも、人は語ります。

これを見た誰かが、自分の記憶を話し始めるかもしれません。
昔使っていた道具や、初めて走った日のことを。

そのとき、このボトルはまた別の意味を持つはずです。

コスナサイクル ブランド哲学ページ

投稿者プロフィール

小砂恵三
小砂恵三コスナサイクル店長
宮田工業(現在:ミヤタサイクル)での研修を得て、インショップ形式の自転車店の店長に就任。その後家業を継ぎ自転車のメンテナンス、販売に従事して35年以上。
自転車専門資格として「自転車安全整備士」「自転車技士」「スポーツBAA PLUS」「自転車組立整備士」「BAAアドバイザー」などを保有。
現在はコーダブルームやパナソニックといったライトスポーツ自転車から電動アシスト自転車までを幅広くカバーするサイクルショップ、コスナサイクルを運営。