
ただの古いボトルだと思っていました。
けれど、手に取って並べた瞬間、少しだけ違和感が残りました。
形も色もバラバラなのに、なぜか同じ時間の中にあるように見えたからです。
前回のブログ記事で触れた4本のボトル。
▶倉庫から出てきた4本のロードバイクボトル|コスナサイクルがスポーツバイクを始めた頃の記憶
あのときは「見つけた話」でしたが、今回はもう少しだけ踏み込みます。 これは物の話ではなく、時間の話です。
そして、人の記憶の話です。


最初の一本は、Isostarのボトルです。
少し細くて、どこか古い形をしています。
キャップの構造も、今のものとは違います。
調べていくと、1990年代後半から2000年代初頭のヨーロッパで使われていた形式に近いものでした。
当時のロードレースでは、補給地点で「ミュゼット」と呼ばれる袋が渡されていました。
その中に、食べ物と一緒にこうしたボトルが入っていました。
つまりこれは、単なる容器ではなく、レースの途中で手渡される”時間の断片”です。
誰かが走りながら受け取ったかもしれないし、その空気を知っている人が持っていたのかもしれません。
そう考えると、少しだけ見え方が変わります。


次は、Tacx製のボトルですが少し違う場所から来ました。
そこに書かれていたのは、自転車ブランドではありませんでした。
「909th Air Refueling Squadron」 アメリカ空軍の部隊名です。
沖縄・嘉手納基地に所属する空中給油部隊で、”Always There”という言葉も添えられています。
必要な場所に、必ずいるという意味です。
このボトルは、おそらく軍のイベントで配られたものです。
自転車レースではなく、基地の中で行われた何かの記憶です。
同じTacx製でも、プロチームとはまったく違う文脈で作られています。
それでも形は同じです。
世界のどこかで、同じボトルを使っていた人たちがいたということになります。


緑のボトルは、Team Europcar。
2011年から2015年まで活動していたプロチームです。
ツールドフランスにも出場していた時代で、ロードレースが広く知られ始めた頃でもあります。
このボトルは、TacxのShiva Bioというモデルです。
環境配慮素材が使われ始めた、ちょうどその時期のものです。
レースでは、ボトルは消耗品です。
飲み終えれば、捨てられることもあります。
だからこそ、残っていること自体が少し不思議です。
本来は流れていくはずのものが、ここに残っている。
その事実だけで、少しだけ重みが生まれます。


もう一本のTacxボトルです。
裏側には「Made in Holland」とあり、オランダ製であることがわかります。
Tacxは1957年創業のメーカーで、長くプロロードチームのボトルを手がけてきました。
柔らかいポリエチレン素材や、チーム配布を前提とした作りは、レース用ボトルと同じ形式です。
最近は「Made in Netherlands」表記が主流ですが、「Holland」表記はやや古い世代に見られます。
形状から見ても、このボトルは2005年から2015年頃のものに近い印象です。
ロードレースではボトルは消耗品として扱われます。
スタート前に配られ、レース中に手放されることも珍しくありません。
それでもこうして残っていることに、少しだけ意味を感じます。
説明できる情報は多くないのに、この一本がいちばん”普通”に見えるのは、そのためかもしれません。
これらのボトルは、あるお客様から譲っていただいたものです。
ロードバイクのことを、最初にいろいろ教えてくれた方でした。
技術というより、空気のようなものを教えてもらった記憶があります。
どんな乗り方が楽しいのか、どんな道具が馴染むのか。
言葉にしきれない部分を、少しずつ受け取っていった感覚です。
倉庫整理の中で見つかったこれらのボトル。
「好きな人にあげてください」と言われました。
でも、それをそのまま誰かに渡すことはできませんでした。
これは物ではなく、時間だからです。
誰か一人に渡してしまうと、その時間が途切れてしまう気がしました。
だから、店に残すことにしました。
新しいボトルは、きれいで機能的です。
でも、使い込まれたボトルには少し違うものがあります。
細かい傷や色あせ、握ったときの柔らかさ。
それらは全部、使われてきた時間の痕跡です。
私たちの仕事は、修理や販売だけではありません。
こうした時間を扱うことも、ひとつの役割だと思っています。
誰かが使ってきたものを、ただの古い物として扱わないこと。
そこにある背景を、静かに残していくことです。
それが、この店の在り方に近い気がしています。
この4本のボトルは、店に置いておきます。 特別に飾るわけでもなく、ただそこにある状態で。
誰かが気づいて手に取り、少し話が始まるくらいがちょうどいいと思っています。
ボトルは語りません。
でも、人は語ります。
これを見た誰かが、自分の記憶を話し始めるかもしれません。
昔使っていた道具や、初めて走った日のことを。
そのとき、このボトルはまた別の意味を持つはずです。
