小田原の自転車専門店

35年前、旅先のアメリカで出会った音楽と感性──自転車整備士が心を動かされた2枚のCDの記憶

サンフランシスコ旅行を思わせる平置き写真。日本のパスポーツ、地図、ケーブルカーとゴールデンゲートブリッジの写真、マライア・キャリーとリサ・スタンスフィールドのCD、旅行パンプレットなどが木のテーブルに並ぶ。

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自転車と音楽と感性の旅

はじめまして、コスナサイクル三代目の小砂恵三(Keizo)です。普段は自転車整備や接客を通して、お客様との信頼関係を積み重ねてきましたが、今回はちょっと番外編として、私の“感性”の原点とも言える、35年前のアメリカ滞在と音楽の話をお届けしたいと思います。

1990年、25歳の私は、初めての海外旅行で約2ヶ月、サンフランシスコ近郊に滞在しました。この旅は単なる観光ではなく、「海外の自転車事情を自分の目で確かめたい」という想いから踏み出したもの。そして、その旅の中で出会った2枚の洋楽CDが、私の感性を大きく揺さぶることになります。

今でもその2枚の曲は、ふとした瞬間に心によみがえる、忘れられないメロディです。音楽も整備も、心に響く“リズム”がある──そんな気づきをくれた2ヶ月の記録を、今日はあなたにお話しします。

1990年、25歳の僕が旅立った理由

すでに自転車店を継いでいた私は、日々の業務に追われながらも、ある疑問を抱いていました。「海外ではどんな自転車文化が育まれているのだろう?」という純粋な興味と探求心。それが、まだインターネットが普及していない時代、自らの足で確かめに行こうという強い原動力となったのです。

この旅のきっかけは、当時サンフランシスコ在住のH君という人物との出会いでした。ある知人を通じて知り合い、彼のサポートもあって滞在が実現しました。もちろん今のようにスマホもSNSもない時代です。彼の知人が空港まで迎えに来てくれるとのことで、私は事前にFAXで自分の顔写真を送っていました。

私の方は彼の顔を知らない状態でしたから、空港で無事に会えるかどうか、少し不安を感じていたのを覚えています。でもその不安はすぐに消え去りました。到着ロビーで私に近づいてきた青年が、「KEIZOさんですか?」と優しく声をかけてくれたのです。

彼の名はA君。鮮やかなブルーのアメ車「シボレー・カマロ」に乗って現れた彼は、初対面とは思えないほど自然でフレンドリーな雰囲気を持っていました。彼の人柄のおかげで、私はすぐにこの旅の始まりに安堵と期待を抱くことができたのです。

空港から出る瞬間に流れた曲が、人生のBGMになる

1990年、サンフランシスコのガイドブックとサンフランシスコ行きの航空券、空港のパーキングから出る車から流れていた思い出の音楽CD「Lisa Stansfield – All Around The World」
人生のBGMとなった曲

初めて降り立ったサンフランシスコ国際空港でまず感じたのは、独特の“香り”でした。湿度の違いや空気の質、そしてどこかゆったりと流れる時間。すべてが日本とは異なる空気をまとっており、まさに非日常への入り口に立った感覚でした。

ブルーのカマロに乗り込み、少しうす暗い屋内駐車場からスロープを上がって外の光に向かっていくその瞬間、まるで演出されたかのようなタイミングで、A君がカセットテープをデッキに差し込みました(当時はまだカーオーディオといえばカセットテープの時代でした)。そして、笑顔で「ようこそ、サンフランシスコへ」と声をかけてくれたのです。

音楽が流れ始めたと思った瞬間、視界には眩しい太陽の光とともにサンフランシスコの広大な風景が一気に目の前に現れ、ハイウェイを走る車窓から入る心地よい風を感じながら、私は心の底から「来てよかった」と感じていました。

そのとき流れていた曲が、Lisa Stansfield(リサ・スタンスフィールド)のアルバム「Affection」の中の1曲目「All Around The World」。その柔らかなメロディとともに、旅の第一歩が始まったのです。

私の中でこの音楽が“人生のBGM”として深く刻まれた瞬間でした。

ベイエリアで過ごした日々とバークレーで出会った相棒

アパートメントとアパートメントから眺めるバークレーの景色と街並み
ベイエリアからの景色とバークレーの街

私が滞在していたのは、サンフランシスコの対岸、ベイエリアの都市・Emeryville(エメリービル)。そこにある30階建ての高層アパートの高層階、その1室にはいくつも部屋があり私はそのうちの一部屋を借りていたのですが広さは約30畳ほどで持て余していました。1階にはスーパーマーケットやトレーニングルーム、プール、ジャグジーまで完備された、まるでホテルのような建物。窓から眺める景色は本当に素晴らしく、朝焼けや夜景も最高で毎日の心の癒しでした。

交通手段として大活躍してくれたのが、サンフランシスコの地下鉄Bay Area Rapid Transit(通称:BART/バート)という高速鉄道。ラッシュ時を避ければ、自転車ごと乗車可能で、移動にはとても便利でした。

その日々の拠点となったのが、カリフォルニア大学バークレー校沿道にあった、日本人の方が経営していた自転車ショップ「Jitensha Studio」さん。私はこの店を訪れ、そこで滞在期間の自分の足として使用するマウンテンバイクをいくつか選んでいて目についたのが赤いマウンテンバイクMB-1モデルで直ぐに購入しました。

購入したマウンテンバイクMB-1モデルは、BS(ブリヂストンサイクル)日本製の輸出用マウンテンバイクでそれを使って街中を移動していました。まさに“相棒”のような存在です。

当時の日本ではなかなか手に入らない貴重な1台。旅を終えた後、日本に持ち帰りました。

アメリカから逆輸入したBSマウンテンバイクMB-1との再会!

大学街バークレーの風景と思い出

バークレーの街は、大学を中心に活気に満ちあふれ、多様な文化や人々が交差する場所でした。カフェ、古本屋、CDショップなどが軒を連ね、歩いているだけで刺激にあふれていました。

食事も学生街らしくリーズナブル。アメリカンサイズの大きなピザも、1/4カットで数ドル程度と格安で、お腹いっぱいになった記憶があります。ドリンクのサイズも驚くほど大きく、私はいつも一番小さい“Sサイズ”を選んでいました(笑)。

街を自転車で巡りながら見つけた、もう一枚の宝物

1990年サンフランシスコの地下鉄BARTとバークレーの街並みそれと音楽CD「Mariah CareyのVision Of Love」
バークレーの街並の中で出会った、もう一枚の宝物

日本から持参した、現地サイクルショップのリストを頼りに、地図を片手にあちこちのショップを訪問。海外での整備技術や店舗レイアウトや商品陳列の違い、そして何よりもお店の雰囲気そのものが新鮮でした。

それなある日、バークレーの街でふらりと入ったCDショップ。何気なく手に取ったのが、Mariah Carey(マライア・キャリー)のデビューアルバム。その名前も顔も当時の私は知りませんでしたが、ジャケットに惹かれて購入してみたのです。

アパートに戻ってCDプレーヤーで再生した1曲目「Vision Of Love」。その瞬間、体に電流が走るような衝撃がありました。伸びやかで力強く、時に繊細で感情豊かな彼女の声が、静かな部屋の空気を震わせ、私の胸を深く揺さぶったのです。

音楽で変わった、自分の感性

アメリカ滞在中、現地のTV(テレビ)やMV(ミュージックビデオ)から流れてくる音楽と映像の完成度の高さに、私の中で“音楽”というものの価値を大きく塗り替えました。

それまで日本で耳にしていたものとはまったく違い、音楽がもっと生活と密接につながっている。そして、リズムの中のどの音にも“感情”が込められている。そのリアルさに、私はただただ感動していました。

帰国後は、それまであまり意識していなかった音楽番組をチェックするようになり、毎週のように洋楽ランキング専門の音楽番組「billboard全米Top40」を見て、感性が導くままに様々な洋楽を聴いては当時のアーティストの世界にどんどん惹かれていきました。あの旅がきっかけで、私の中に“音楽のある暮らし”が根付いたのだと思います。

音楽も、自転車整備も、感性が生きる仕事

一見、理論と技術の世界に見える自転車整備ですが、私はずっと「感性の仕事」だと感じています。お客様の言葉に耳を傾け、どんな使われ方をしているかを想像しながら、音や振動といった微細な違和感を探る。その工程は、まるで楽器のチューニングのような作業でもあります。

リサの優しく包み込む声も、マライアの情熱的で突き抜けるような歌声も、それぞれの“音”が私の感覚を刺激し、今の整備や接客の中に生かされています。

音楽と旅が教えてくれたこと──それは「心の声に正直であること」と「感じ取る力の大切さ」。この2つの感性が、人との信頼を築く上でどれだけ大事かを、私はあの旅で学びました。

旅がくれた感性、音楽が導いた人生

35年以上経った今でも、あの2ヶ月のアメリカ滞在は、私の心に鮮やかに残っています。音楽と旅、そして現地で出会った人々の存在が、今の私をつくる大切な原点です。

感性を信じ自分の“好き”を大切にすること。それは、人生に深みと温かさを与えてくれる──そんな想いを込めて、今日も私は工具を握り、自転車と向き合っています。

コスナサイクルという小さな自転車店から、感性の輪が広がっていくことを願って。

今後も、皆様のサイクルライフをサポートするための情報を、これまでに公開した約600記事以上とともにコスナサイクル公式サイトにて随時発信してまいります。

投稿者プロフィール

小砂恵三
小砂恵三コスナサイクル店長
宮田工業(現在:ミヤタサイクル)での研修を得て、インショップ形式の自転車店の店長に就任。その後家業を継ぎ自転車のメンテナンス、販売に従事して35年以上。
自転車専門資格として「自転車安全整備士」「自転車技士」「スポーツBAA PLUS」「自転車組立整備士」「BAAアドバイザー」などを保有。
現在はコーダブルームやパナソニックといったライトスポーツ自転車から電動アシスト自転車までを幅広くカバーするサイクルショップ、コスナサイクルを運営。