日本の味噌のこれからを、加藤兵太郎商店さんにお聞きします

加藤兵太郎商店

前回まで神奈川県小田原市で、嘉永3年から味噌を作られている

加藤兵太郎商店さんの味噌蔵を見学させていただきました。

今回は、お味噌のこれからと、これまでのことをお聞きします。


加藤兵太郎商店

コスナ お忙しいなか、味噌蔵のご案内ありがとうございました。

非常に貴重な経験をさせていただきました。

加藤さん 最近は取材も増えてきて、こうやって慣れた感じでご案内できるようになったのも、

実はそんなに昔ではないんです。最初はあたふたしたりして。

コスナ (笑)。

前からお聞きしたかったんですが、

店名の加藤兵太郎商店というのは、創業者の方のお名前なんでしょうか。

加藤さん いえ、実は3代目の名前です。

コスナ そうなんですか。てっきり初代の方かと。

加藤さん 4代目が3代目の名前を商店名にしたんです。

今のように、会社の規模を大きくしたのはこの4代目なんです。

コスナ 現在は何代目にあたるんでしょうか。

加藤さん 今の社長が6代目です。僕で7代目ですね。

コスナ そうすると、創業が…。

加藤兵太郎商店

加藤さん 創業170年(2019年12月当時)です。

コスナ 170年! 徳川幕府があったころではないでしょうか。実に長い歴史ですね。

お味噌のブランド名も、昔から同じなんですか。

加藤さん 今、弊社の味噌のブランド名に使用している「いいちみそ」という名前は、

米麹の修行に行った先でもらった屋号なんです。

「いいち」という屋号をいただきまして。

おとうと弟子は「いいに」というお名前をいただいたそうです。

コスナ 1と、2なんですね。どこか地方で修行されたんですか。

加藤さん 小田原市の鴨宮に、修業先の蔵があったそうです。

現在は廃業されていていつごろまであったのかなど、詳細は不明なんです。

コスナ 市内に、麹の製造をされる蔵があったのですか。初めて知りました。

加藤さん 当時は米麹を作るというのは花形の仕事だったようで。

その証拠という訳ではないんですが、いまだに祖母は電話の際に、

「麹屋です」と話します。それだけ貴重な技術だったんですね。

コスナ 今日拝見した限りでも分かります。

あれだけの手間と技術を駆使されることは、誰にでもできるものではありません。

小砂恵三

コスナ 7代目の篤さんは、「神奈川ブレンド」という種類のお味噌を新たに発表されていますよね。

加藤さん これは、神奈川産の原料だけを使用したお味噌です。

そのため神奈川ブレンドという商品名にし、パッケージのデザインを大幅にブラッシュアップしました。

コスナ デザインが、ほかのお味噌のものとは大きくちがいますよね。

加藤兵太郎商店 神奈川ブレンド

加藤さん 私がコーヒー好きなので、コーヒーのパッケージを参考としたんです。

味噌業界の問題点の1つは、あまりに“昔ながら”に囚われている、というところです。

たしかに、昔ながらの製法が重宝されるなど、この部分をよしとする潮流があることは否定しません。

しかし、現代的な感覚で見てみると“イケてない”と言わざるを得ない部分が多々あります。

そこで、他業種のいいところを取り入れるという意味で、このパッケージや販売方法にたどり着きました。

コスナ デザインも小売りの世界もどんどん進化しているのに、

過剰に“昔”を意識しすぎてしまうのは、伝統的な食品業界ならではの悩みですね。

加藤兵太郎 神奈川ブレンド

加藤さん そう思います。そもそも神奈川ブレンドを作ることを思い立ったのは、

津久井在来大豆という神奈川県内で古くから生産されているすばらしい大豆に出会ったからです。

この大豆は本当に優秀で。

消費者の方に分かっていただきたいのは、

決して地産地消だけを目的にした味噌という訳ではない、ということです。

品質のいいものが神奈川に揃っていたから、神奈川ブレンドはできあがったんです。

お米も神奈川産を利用して試験的に製造したところ、はじめから想像した通り、

抜群の仕上がりでした。こういう仕上がりになることは、

大豆を見たときから分かっていたことではあるんですが。

こんなに品質の高いものが神奈川県にそろっていることを

地元の人や、全国の人に知ってほしいというのが根底にあります。

コスナ だからこそ“今”の人に受け入れられるよう、パッケージまでこだわりを持って作られたんですね。

加藤さん デザイナーさんとのやりとりは神奈川ブレンドの起草後すぐにスタートして、

先にデザインができあがる予定だったんですけれども…。

修正を繰り返して、味噌の熟成が終わった1年後と同じくらいの完成となったんです(笑)。

コスナ 時間をかけて、味噌もパッケージも制作して、

昔ながらの味噌に新しいものを取り入れた。すごい情熱です。

このようにこだわりを持って味噌作りを続けられる加藤さんからみて、

味噌とは、日本の食卓において、どのような存在だと感じていますか。

加藤兵太郎商店

加藤さん 味噌は、かつて日本の食卓に“なくてはならない”ものでした。

では今もそうかというと、あり方が変わってきたと考えています。

現在では“なくてもいい”ものへと変化しました。

さまざまな食文化が日本に輸入され、味噌なしでも楽しい食卓をつくることができます。

だから現在の日本の食卓においては、ただの調味料の1つ、と捉えられます。

コスナ たしかに、買い物に行っても調味料のコーナーだけで100種類以上をそろえるお店が

ほとんどですよね。

加藤さん 古い味噌蔵さんだと「なくてはならないもの」という認識が今も根強いんです。

ただ、伝統というものにあぐらをかいてはいけません。

食にまつわる環境は変化と進化を繰り返していますので。

お味噌自体も変わらなければ、消費者に選んでもらえなくなってしまう。

また、多々ある調味料の中でも、味噌には非常にすぐれた部分がたくさんあります。

これが消費者全体に浸透していない。

これだけ情報発信の媒体が増える中で、このような状況にあるということは、

危機的な環境です。

コスナ 自転車業界でも同じような現象は見てとれます。

一般の方に製造や小売りを行う商店側で常識とされることは、

かなり基礎的な部分でも流布していないということはよくありますね。

コスナサイクルの運営するコスナブログでも、

これは基本的なこと、という認識でアップした1つの記事が、月間で2,000以上のアクセスを

記録し続けることも珍しくありません。

情報過多の時代でありながら、重要な、基礎的な物事が実は浸透していない、

というのは現代の特徴かもしれません。

加藤さん そうですね。むしろ海外のほうが味噌の知識や取り扱いのバリエーションが

多いということもあります。

世界で取り扱われるのですから、味噌自体の魅力がない訳ではないんですが、

それが日本国内では上手に回っていない。

徐々に外向けの伝統技術となっているのかもしれません。

コスナ 難しい立ち位置ですね。国内消費も伸びて欲しいけれど、

海外向けと国内向けを、同じ情報でまかなうことはできません。

少人数の制作団体では、どちらか一方を選択せざるを得ない状況も出てきそうです。

加藤さん まさにその通りです。

コスナ だからこそ、加藤さんの作られる神奈川ブレンドのように、

今の世代にもう一度足元の食材を見直してもらう、こういったことが必要になってきますね。

実際、嘉永3年からという長い期間ご商売を続けてきて、こういった、

環境面などで変わったことというのはほかにもあるんでしょうか。

加藤兵太郎商店

加藤さん 作り方、というのは変わっていません。

一部に大型の施設を導入しても、本質的には同じです。

では、変わったことはなにかというと、地元の人の選ぶお味噌が、

地元の味噌ばかりではなくなったということです。

コスナ もっと選択肢が増えたということですか。

加藤さん そうです。少し前までは、たとえばスーパーであっても、

地元で作られる味噌ばかりでした。そこに、選択肢が複数存在するようになった、という一面があります。

といっても、たとえば私たちの場合、地元スーパーなどでは味噌売り場の3分の1ほどの面積をいただいています。

大手味噌メーカーよりも広くいただいている分、優遇していただいている部分も多々ありますが、

消費者の選択肢が増えた分、より手にとっていただける工夫をする必要がでてきた、

ということでしょうか。

コスナ 市場環境が大きく変わったんですね。

加藤さん 逆に、地元から遠くまで味噌をお届けすることが増えた、というのも大きな変化です。

市場の選択肢が増えるということは、遠方のスーパーで私たちの作るいいちみそを取り扱っていただける、

ということでもありますので。

コスナ 日本橋に出店されたり、ブログなどで活動を拝見していました。

加藤さん 変化には、ネガティブな面も、ポジティブな面もあります。

いずれにしろ、味噌蔵が変わり続けなければ、いつか市場から置いていかれてしまうでしょう。

そして、いい味噌を作り続けること。

自分が味噌作りを始めようと考えたときに、

自分たちの味噌作りの方法をみて「なんてストイックに味噌を作っているんだろう」、

と感じました。

これだけいいものであれば、あとは打ち出し方だけだ、と感じて。

コスナ ブランディングにも力を入れられていますよね。

加藤兵太郎商店

加藤さん はい、実は少し前までは、今よりも積極的に行っていました。

徐々に認知度も上がり、少しブランディングのための施策が少なくなって。

それでも、本質は変わりませんので、とにかく味噌をまじめに作り続けていました。

そうして施策のいくつかを忘れかけたころに、

取材などでいいちみそを取り上げてもらえるようになりました。

コスナ 想定より後から評判が付いてきたんですか。

加藤さん そうなんです。

正直、取材などで取り上げていただけたほうが、いわゆる広告として出すよりも、

ずっと大きな反響をいただいています。

コスナ 告知としての種をまいて、いいモノを作り続け、

それが人に認められることで、ブランド力を後から押し上げたんですね。

加藤さん そうですね。もちろん告知や販路の確保は重要なんですが、

まずはクオリティを保ち続ける、ここが一番大切だと思います。

コスナ 少し話は変わりますが、市場環境の変化は、食品に限らず多用な業界において、

大量生産・大量消費へとシフトして久しいとおもいます。

手作りを基調とされる加藤兵太郎商店さんからみて、

大量生産の味噌について、どのように考えられていますか。

加藤さん 蔵の見学のときにお話したこととちょっとかぶってしまうんですが。

正直、非常に効率的で優れたシステムで生産されているな、と思います。

素材の処理や製法に機械的な部分を入れて、作られるお味噌もおいしい。

手作りの味とはまったく異なるベクトルではありますが、うまいお味噌ができて、

人手がかかる製法をより負担の少ない状況で稼働できるのは、やはり大手メーカーさんなど、

資金力のある会社さんの企業努力の結果だと思います。

コスナ こういった、大量生産システムについては、

食品業界ではとくに否定的なご意見が多いと思っていました。

加藤さん いえ、なかなか真似のできない、効率的なすばらしいシステムだと思います。

ただ、だからといって小さな味噌蔵の作り方が劣っているということではありません。

大手メーカーの作る味噌は、大手の作るおいしいお味噌の味、

小さな手作りの蔵は、手作りの蔵が作るおいしいお味噌の味、

と、みなさんの想像以上に味の住み分けがハッキリしています。

加藤兵太郎商店

コスナ 食べ比べることが少ない味噌という調味料において、

このちがいをハッキリ認識している人はすくないかもしれませんね。

加藤さん そうなんです、そしてもう一点。

味噌というのは、地方色の強い調味料なんです。

地域によってよく食べられる味噌はちがうんです。

コスナ 有名なところだと、名古屋の八丁味噌や京都の白味噌などですね。

加藤さん これらは、消費されるエリアが小さい分、市場も小さめです。

そのため、大手メーカーだけではまかないきれない部分なので、

小さな味噌蔵がなくなると供給がストップする、という可能性が出てくる種類もあります。

そうすると、味噌の多様性という、日本の土着の文化、おもしろさがなくなってしまいます。

だから、小さな味噌蔵こそが日本の調味料の世界を面白くしています。

そういう意味では、大量生産の味噌と、小さな味噌蔵の作る味噌が、共存している。

そうして、おもしろい食文化を形成するためにも、両者の住み分けをもっとハッキリと

打ち出していく必要があるでしょう。

コスナ たしかに、地方色の強い調味料というのは言われてみて初めて分かりました。

地方出身の方であればあるほど、お味噌の好みがちがうように思います。

ちょっと甘めの味噌を使ったり、辛めが好きだったり、麹の粒が残っているものが好まれたり、

色味や見た目にも大きな差異がありますね。

加藤さん しかも、地域によって使われるお味噌がちがうということに気づいていない人が多いんです。

もうずっと昔から特色のある味噌を日常的に食しているので、甘め・辛めとか、

ちがいがあることすら知らない、という人もいるんです。

味噌の多様性というのは、日本の隠れた名産であるかもしれませんね。

コスナ お雑煮も、京都では白味噌ですが、関東では味噌を使用しない、

という違いもありますね。

加藤さん そう、これがおもしろんです。

たとえば、私たちは八丁味噌は作らないんですが、

これには保存や人間に与える影響に、非常に優れた特質がたくさんあって。

自分も八丁味噌がすごく好きなんです。ただ、関東で一般的にお味噌汁と

考えて、八丁味噌を想像する人は少ないと思います。

また、こういった特色は、やっぱり小さい味噌蔵が作っているものに強くでます。

八丁味噌も、大手メーカーが作るものが人気、ということはあまりありません。

多種多様な味噌がある、そのうちの1つが大量生産の味噌であり、また一方、小さな蔵が作る味噌でもある。

そういうことだと思います。

コスナ 最後になりますが、おいしいものとは、

人間にどのような影響を与えると思いますか。

加藤さん 月並みな言い方かもしれませんが、

おいしいものを食べれば“人が幸せになる”と考えています。

コスナ 確かに。おいしいものは幸せを感じさせてくれます。

私も食べるのが好きなんです。

加藤兵太郎商店

加藤さん (笑)。

もちろん、食べ過ぎは体に毒ですが、

たくさん食べられるというのは健康である証です。

また、味噌というのは健康面に与える影響が大きい食べ物です。

これは、加藤兵太郎商店が作っているから、などは関係なく、

味噌という食べ物の特徴です。

コスナ これからの日本を担うこどもたちにも、

ぜひ味噌のことをよく知って、食べてもらいたいですね。

加藤さん そのためにも、親世代にも味噌のことを知って欲しいと思います。

例えば味噌汁であれば、かなり手軽に作れる商品も出回っています。

でも、これって、製造企業の考えるお味噌汁の味なんです。

子供のために、親が考えた味とはちがいます。

本来の、それぞれの家庭のお味噌汁は家族や親の考え方によって、味噌の量や種類、

お味噌汁に入れる具材も変わりますよね。

これが日本の土着の文化として、

そして伝統として、次の世代に受け継がれていくものです。

企業の考える伝統的な和食と、親が子供のことを考えて作る和食では、

意味合いも役割も、伝わるものがまったくの別物です。

一度はなくてもいい、という存在になった味噌ですが、

今後、次の世代になにかを残していける、そういう存在へとなれるように、

これからも変わらず、いい味噌を作り続けていきます。

コスナ 食を通した文化の継承、そしてこういった日本の文化を持って海外へと広がっていく、

日本人としてのアイデンティティーを持った人材を世界に輩出するためにも、

足元にある文化を大切に、親から子へ食文化をつないでいく。

加藤兵太郎商店さんのお味噌が、なぜおいしいのか、分かったような気がします。

本日は非常に有意義なお話しをお聞かせいただいて、ありがとうございました。

 

徐々に、国内と海外との境目があいまいになっていくなかで、和食について説明するときに、

大手企業の考える和食の味を発信するのでは日本に生まれた人間として、寂しいですよね。

これからの世代が、伝統的なものも、家庭的なものも、合わせて文化として継承し、

世界に発信していけるよう、まずは一番身近なところから、始める必要がある。

そう、取材を通して感じました。

加藤兵太郎商店様、ありがとうございました。

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